CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
<< 赤ん坊を背負って働きに通った玉島のパン屋【ぱんご〜の】のこと | main | 笠岡市新山の地域おこし協力隊:井口夫妻企画の田植えイベントに参加しました♪ >>
東京の音大落ちて京都で職人を目指し会社をクビになって北海道に帰るまで

今日は誰しもひとつぐらいはあるであろう、

出来れば引いても開かないタンスの奥にでも仕舞っておきたい

恥ずかしい過去の話。失敗の話。

 

全10回でお届けするつもりの私の起業ストーリー、

私の場合、これがあり過ぎるもんでなかなか進まんのです(笑)

 

***

 

私は我ながら何事もそつなくこなす子供、でした。

 

今でもマスナリさんは何でも出来そう!とよく言われるのだけれど

何10回も数えて準備したはずの資料の数を間違えていたり

(残念な数字感覚)

マラソン選手のような体型なのに足はめちゃめちゃ遅かったり

(ただのもやしっこ)

家でもきちんとしてそう!と言われるけど

時間が許せばどこまでもダラダラゴロゴロしていたり

(これは結構バレてるな('Д')笑)

出来ないことなんていくらでもある。人間だもの。

 

でも子供時代は本当に順風満帆で、

地元の進学校に進学し夜なべ式勉強法(一夜漬けともいう)で

期末テストではどの科目もクラス上位の成績を納め

小学校から続けている吹奏楽部では

副部長になりアンサンブルやソロのコンクールで

全道大会(本州でいうところの県大会)にも出場し

部活漬けの生活。楽しくて仕方がなかった。

 

当時は当時できっと悩みがあったんだろうとは思うけれど^^;

 

「どこまでものめり込む」という性格は良し悪しで、

進学校にも関わらず進路を大して考えもせず

部活ばかりやっていた私は、全道大会で金賞を獲ったのをいいことに

部活を引退した3年生の秋に音大受験を宣言する。

ピアノも習ったことないのに。

プロのレッスン受けたこともないのに。アホや。アホでしかない。

 

しかも音大もピンからキリまであるのに選んだのは一流の私立大学。

受験を決める直前にN響の首席奏者の演奏を聞いて、

その先生が某大学の講師?と知り決めた。それだけ。

いや、そこ受かったらカッコいいやん!ていう見栄もあった。

 

アホだ。

 

それでも、周りの人を納得させる何かがあったのだろう、

ピアノを習い出しオープンスクールで出会った大学の教授に

本気で今年受験するなら私のレッスン受けなさい!と言われるがまま

毎週末飛行機で東京に通い(思い返すだけで恐ろしい・・・)

怒るとフランス語が出る先生の厳しいレッスンを受け

音楽が楽しいから、音楽を続けたいから音大受験を決めたのに

苦しくて苦しくて苦しくて狂った。試験前日のこと。

 

ここで今思い返してもうちの親はすごいなと思うのは、

私を受験させてくれたこと。ここまでやったんだから受験して

合格してやっぱり入学しませーん!って言ってやればいい。

たぶんそんなことを言われて、

翌日にはスッキリした気持ちで試験会場へ旅立った。

 

それで本当に合格してたらかっこいいのだけれど結果は不合格。

 

初めての失敗。初めての挫折。

 

今思えば、結果を受け止められたのは受験出来たからだと思う。

やるだけやった!と思えたからだ。

受験を辞めていたら一生、逃げたという思いに囚われていた。

 

***

 

そして始まる浪人生活。

 

といっても音大を受けるつもりはもうないし

いわゆる大学受験のため、じゃない。

「人生の浪人期間」として1年好きなことしてみたら?

と親から与えられた猶予期間。

 

なんじゃそりゃ!!当時はたぶん思わなかったけれど

本当にうちの親はすごいなと思う。

 

その期間は大学に進学した友達を訪ねて札幌で遊び歩いたり

リゾートバイトでホテルの最上階にある

フレンチ料理のレストランの厨房でコック見習いをしたり

自営業で大工をしている親の仕事を手伝ったり

GLAYに続く北海道出身のロックバンドを発掘しよう!みたいな

ライブイベントのスタッフをしたり

一人旅をしたい!と言って京都に進学した友人の家を拠点に

四国一周レンタカーの旅をしたり・・・

どこまでも自由に過ごしていた。過ごさせてもらった。

 

そして最終的に見つけたのが【京都伝統工芸専門学校】。

 

元々の気質もそうだけど、「何か一つのことを極めたい」

という想いが日に日に大きくなったのだと思う。

もうすぐ一年経っちゃうよ、どうしようと思い始めていた頃に

【職人】というキーワードで検索して偶然見つけたこの学校。

 

試験期間ギリギリのラインでやっと受験を決めて

面接を受けたら、もう家も遠いしまた来るの大変だから

アパート決めて帰っちゃいなさい!と言われ(笑)無事入学。

 

高校卒業から1年後、京都で新しい生活が始まった。

 

***

 

この専門学校の一番素晴らしいところは、

色んな世代、色んな立場の人たちが一緒に学ぶ学校だったこと。

 

新卒の人、1年で大学を辞めて入りなおした人、

芸大を卒業した人に脱サラした人、

伝統工芸の職人の跡取り息子に定年退職したおじいちゃんまで。

進学校→大学受験、という狭い価値観の中で生きてきた

自分にとってこんなに色んな人がいる!色んな生き方がある!

というのは新鮮で衝撃的だった。

 

そしてもうひとつ私にとっての素晴らしい出会い、

学校のある園部町という田舎町で活動する【園部吹奏楽団】。

 

吹奏楽を知らない人にはあまり馴染みがないかもしれないけれど

仕事に就いている大人たちが趣味で集う楽団、

というのがどこの町にも1つや2つはあるのです(^^)

 

偶然にも、園部吹奏楽団には私が吹いていた

クラリネットの名手が何人もいて、

プロの先生のレッスンをみんなで受けて

クラリネットだけのアンサンブルコンサートを開催していた。

 

なんて楽しいんだろう!!!!

苦しくて一度は辞めた音楽をまた始めることが出来た。

本当に楽しくて皆さんに可愛がってもらって

毎晩のように練習して飲み歩いていたような気がする^^;

 

学校も楽しくて仕方がなかった。

半年間能面を彫りながら自分の専攻コースを決めて、

私は木工指物コースを選択。

大工の父から受けた影響も多分にあったと思う。

 

指物というのは、釘を一本も使わない木工技術で作る家具のこと。

 

一線の伝統工芸士として活躍されている職人が先生で、

組み手を作る練習から始まって箱物から箪笥と少しずつ

大物の課題を作り、卒業制作は自分の好きなものを作る。

 

専攻の授業だけじゃなく、デッサンや色彩、デザインの勉強、

マーケティング手法や芸術史の講義、英会話など

ものづくりを職業とするために必要なことも勉強する。

 

・・・していたはず。

 

記憶にほとんどないのはきっと、毎日のように

電車で一時間かけて京都の街へ出て、

寺という寺を巡っていたからだろう。不真面目な学生でした^^;

 

でもこの京都にどっぷり浸かった2年間で

「日本の古い建物が好き」

「日本の古き良き暮らしが好き」

そしてそれを残したい、なくなってほしくないという

今に繋がる一番自分にとって大切な価値観が形成されたのだと思う。

 

***

 

京都へ来て2年が経とうとしている。

また次の道を選ばなければならない。

 

京都での暮らしが楽しくて、楽団の活動も本当に楽しい。

 

学校に出ていた求人の会社に就職を決めた。

ものづくりに関われて楽団も続けられる。言うことない!

 

自分なりに一生懸命働いていたつもりだったのだけれど・・・

入社3ヶ月後に突然クビを言い渡される。

 

目の前真っ暗。

 

まるで意味がわからなかった。

 

楽団の活動が楽しかったから仕事がおろそかに

なっていたのかもしれない。

作業のリーダーを務める女性が大好きな

韓国ドラマの話があまり好きじゃなかったので、

チームプレイの輪を乱していたのかもしれない。

 

後から聞いた話、私の1ヶ月後に入社した女の子も

3ヶ月でクビになっているので、補助金か何かをもらうために

雇用して本当に会社に合う子しか本採用しないという

方針の会社だったのかもしれない。

 

21才の若い私には

会社をクビになった=社会に必要ない人間と言われた

 

という重過ぎる現実だけが残り、

楽しかった楽団も京都での暮らしも全部投げ捨てて

実家に帰ることにしたのです。

 

もうすぐ暑い夏がやってくる前のことでした。

 

栓・黒柿拭き漆鏡台

 

卒業制作の鏡台。

古民家に引っ越してきてこの鏡台が使えるのが

嬉しかったのも束の間、みほのの踏み台にされ傷だらけに

なったので、もうしばらく冬眠中^^;

 

その4、お先真っ暗な感じで終わってしまいましたが(笑)

辛かったことを書いても涙は出ない。

ちゃんと自分の中で消化できてるってことなんだろう。

 

でも誰かに感謝の気持ちを感じる出来事を文章にしていると

書きながら涙が止まらない。

朝っぱらから我ながら気持ち悪いわあ〜^^;笑

 

 

JUGEMテーマ:古民家・田舎暮らしのススメ

 

川に飛び込み!Nature Family 岡山川下り自然体験

 

 

◆◇◆◇◆

岡山ひとつなぎコーディネーター

マスナリエリカの起業ストーリー・その4

◆◇◆◇◆

 

次回、その5は・・・

 

「私の地元・北海道でのお仕事〜大自然編」

 

自然の中でのんびり働きたい♪

田舎暮らししてのんびりしたい♪・・・それは幻想です!?笑

 

その1・大安吉日、わたし開業しました♪伝えたい言葉が溢れて止まらない日々

 

その2・4才まであと8日。姉ちゃんみほのの赤ちゃん返り。

 

その3・赤ん坊を背負って働きに通った玉島のパン屋【ぱんご〜の】のこと

 

その4・東京の音大落ちて京都で職人を目指し会社をクビになって北海道に帰るまで

 

 

| 起業ストーリー | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://inaka.nature-family.com/trackback/672
トラックバック